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2011.03.20 (Sun)

再び この大災害に思うこと

未曾有の大災害から、あっという間に1週間ほど過ぎてしまいました。この1週間の間、今まで全く体験したことのない、あまりにも数多くの出来事に、被害のない地域に住まうにもかかわらず、心と体に負荷がかかっているのが自分でもひしひしと感じられます。

決死の覚悟で原発事故に挑んでくれている方々を思いながら、まだまだ余震への恐怖も消えず、しまいには、なんだか絶えず身体がゆらゆら揺れているような一体これは地震酔い?いう情けない状態にも。そんな時に、耳に入れたウォークマンのイヤホンから聴こえてくる音楽が、いつになく鮮明に聴こえてくるのに驚きを覚えました。音の一音一音が愛おしく感じられます。これまでは当たり前のように聴いていた音楽が、どれほど心を落ち着かせてくれるものなのか、どれほど心を慰めてくれるものなのか、その力の大きさに、目の覚める思いをしているところです。



今、大震災が大きな爪痕を残したその場所で、信じられないくらい大勢の方々が命を落とされています。そして、信じられないくらいの多くの人々が、家を失い、避難所に身を寄せておられます。

その辛い現実に、安全な地にいる自分でも、時には心が折れそうになります。けれど、折れそうになりながらも、その目の前にある現実の辛さに負けず、耐えながら前へ向かって歩いていかねばならないのだ、そして、この災害の中でも命を拾った私たちが、自分の心を健全に保ち、被災者の方々を支援できるだけの心の余裕を持たなくてはならないのだ、とも思うのです。

私たちの心を健やかに保つ力を持っているのが、“人の心”を表現する能力を持った方々です。音楽・舞踊・演劇・・・様々な分野で“人の心”を昇華して表現する力に優れた人々は、これまでにも、私たちの心に豊かな栄養を与え続けてくれました。人の幸せに共に喜び笑い、人の悲しみに涙を落として泣く・・・その栄養は、私たちの心を揺り動かし、人として人を気遣うことができる心の力を、これまでに確実に育み続けてくれています。

今、再び開催されつつある様々な表現芸術の公演に対し、「不謹慎だ」との声を浴びせる向きもあると聞いています。けれども、私たちはこの災害にも生き残っているのです。生き残った者は、これからも、さらに強く生き続けなければならないのです。そんな時に、多くの人々の心を動かす力を持った表現者の方々は、私たちを勇気づけてくれ、被災者の方々へと思いをはせる活力を与えてくれるのです。無事である私たちが元気でなければ、どうして今苦しみにある人々に手を差し伸べることができましょうか。昭和の戦時中に、贅沢は敵だと絹物を敵視したような愚挙を、再び繰り返してはならないのです。



今は命をつなぐことで精一杯の被災者の方々にも、いずれは仮住まいに落ち着き、ご自分たちの手で炊事をし、温かい食事を取れる時が必ず訪れるはずです。ある程度生活が落ち着き、大震災を振り返る余裕ができる、そんな時にあらためて襲われるのは、大きな喪失感ではないでしょうか。

自分の持ち物をすべて、ましてや愛する家族を失ってしまった喪失感は、何物によっても埋めることはできません。また、長年に渡って癒しきれるものでもありません。けれども、その喪失感を少しでもやわらげる手助けとなるのが、ここでまた芸術の力ではないかと思うのです。被災者の方々が、辛く悲しい思いを心に沈めながら、それでも、明日も元気に生きていこう、と思う力を沸き起こす助けとなるのが、芸術の力なのです。

芸術とは、人が心を持つからこそ生まれてきたものです。今日一日は何とか生きることができたけれども、明日はその元気が出るかどうかわからない、という人々の心の中に、ほのかに温かい希望の灯を点す力を持つものこそが芸術だと思うのです。



これからは、長い長い長期戦です。諸外国のメディアでは、災害時においてさえ秩序と礼節を保つ日本人に対して、称賛の声が上がっているとも聞いております。そこに明るい展望を抱きつつ、これから先、この難事を乗り越えたことを次の世代に伝えられるように、そして、日本人であることに誇りを持ちながら、明日への復興へとつなげていくことができれば、と心から願います。


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テーマ : 日記 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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