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2010.09.11 (Sat)

「ジゼル」 コジョカル & コボー 東京バレエ団 9月9日 19:00 ゆうぽうとホール その2

なんと可憐なコジョカルのジゼルだったこと!山間の村で母の温かい愛に包まれ、素朴に幸せに育ってきた村娘ジゼル。純粋な気持ちを持つジゼルの心はアルフレードにごくごく自然に惹かれてゆく。

人が人を裏切る、ということが世の中に起き得るということを知らずにそれまで幸福に暮らしてきたジゼル。彼女の柔らかい心にとって、自分の恋しいアルブレヒトが実はバチルダの婚約者であったという悲劇は決して受け入れることのできない事実である。その恐ろしい現実は、ジゼルの心を身体より乖離させ、元々強くはなかったジゼルの心臓を止めてしまう。アリーナ・コジョカルのジゼルは、悲劇へと運んで行く物語を実に心で感じさせてくれる。

恥じらいをみせながら、次第にアルブレヒトに打ち解け、投げキスを交わしながらみせる愛らしさ。美しくピルエットでまわってみせても、アラベスクで形をきめてみせても、アルブレヒトの姿を常に追う幸せに輝く美しい瞳。溌剌としたピケターンを、その一瞬後には空気を含むようにふんわりとめてみせる美しさ。その一つ一つの動きに、ジゼルの自然に振る舞う素直な心が垣間見える。舞台の上に確かに可愛く愛らしいジゼルが生き生きと生きていたのを感じる。そんなあたたかい喜びに満ちていたはずのジゼルが儚く地に崩れ落ちる悲しい展開は全く痛ましい。

そして、コジョカルのウィリはとても哀しい。身体は既に実体化されず、大きな哀しみがウィリとなった小柄な身体をふわふわと宙に漂わせる。何か大きな意思の力が、ジゼルの魂にウィリの姿を形取らせているようにも思える。

ウィリとしての登場時にみせる回転の勢いには、ジゼルは人でないものになってしまったと印象づける強いものがある。コボーにサポートされるウィリの姿は、スローモーションをみせられるように空を漂い、人間であった時に愛したアルブレヒトの周囲を淡くたゆたい幻想の世界を舞う。

“人ではない”ウィリに対し、コボーの力強い“人”である身体からは、心を引き裂かれるような人間の現実の苦しみが滲み出ている。アントルシャの激しい連続には、今にもアルブレヒトの心臓が止まってしまうのではないかという息苦しささえ感じる。

一方、ジゼルのウィリとしての身体は非力なものに思えるのだけれど、哀しみの中にたたえられた大きな愛は計り知れない。人間のアルブレヒトを心から愛した時の温かさをけっして忘れず、その身体の中にとどめられた記憶が、悔恨の情に捕われているアルブレヒトを大きく包み、ウィリの非情な掟を前に自分を盾とするのである。

夜明けを迎え、一人残されたアルブレヒトは、かつてジゼルが愛を占った小花をみつけ、花びらを数える。このアルブレヒトは、ジゼルの大きく深い愛に包まれ、再生したのだ。村娘の心の奥底深くに流れる、人を思うひたむきな温かさは、アルブレヒトを救ったのである。ほんとうに素晴らしかった。村娘、そして精霊としてのジゼル、人であるアルブレヒト。コジョカルとコボー、この二人であったからこそ、ここまでの深い心の動きが伝わってきたのだな、と感じ入る。

幽玄の世界を生み出した東京バレエ団のウィリ達の一糸乱れぬ姿には、ウィリの魂の悲しさがみえる。婚礼前に命を落とした娘たちの幸薄さを感じさせられた静けさも忘れ難い。また、良かれと思い行動したヒラリオンの心の動き、招いた悲劇も心に残る。


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テーマ : バレエ - ジャンル : 学問・文化・芸術

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